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小説家・万城目 学が観たKAN×秦 基博「楽演祭EXTRA」

2018年1月に別冊カドカワ×A.C.P.C.×昭和音楽大学の三者主催イベントとして立ち上がったばかりのエデュテインメント・ライブ「楽演祭」。そして、今年11月6日、早くも近畿大学での大阪公演が決定した。通常は「講義」と「ライブ」が別々に行われる「楽演祭」だが、今回は畿大学の文芸学部30周年の記念イベントとして「楽演祭EXTRA」と銘打ち、講義とライブが一緒となるエンタテイメント色を濃くしたステージとなった。 出演はKANさんと秦 基博さん。「MUSIC SESSION~音楽的なトークを中心としたスペシャルイベント~」というサブタイトルどおりのスペシャル・イベント。さらに、このステージのレポートを、なんと!小説家の万城目 学さんに書いていただけることになった。このスペシャルなステージを小説家の万城目さんがどう感じただろうか?

HATAから見たって、KAN無量!      万城目学(小説家)

 たぶん、この道を歩くのは予備校生のときに模試を受けにきて以来ではないか。
 そんなことを思い返しながら、暮れなずむ街の光と影のなかを、最寄り駅からてくてくと歩き続け、たどり着いた近畿大学東大阪キャンパス11月ホールのステージ。そこにKAN氏と秦 基博氏が立っていた。
 何という、贅沢な時間だっただろうか。
 心から尊敬してやまない二人が同じ舞台の上で共演している。しかも、その内容は音楽の講義である。さらには授業の内容をおさらいとばかりに、教材として使った楽曲をライブで披露してくれたのだ。
 もしも、感受性豊かだったティーンのころの私がこのステージを間近に見たなら、家に帰るなり、
「何や、できる気がするわ」
 と普段は誰も使っていないピアノの前に座り、
「これが分数コード」
 と体得したばかりの知識を自慢げに披露しつつ、
『鱗は勝つ』
 という楽曲を作ったかもしれない。そんな知的興奮に充ち満ちた空間だった。

 タキシード姿で11月ホールのステージに登場したKAN氏は、背中から羽が生えていた。
 しかし、互いのプロフィールを読み上げ、紹介し合う時間も、秦氏はいっさい相手の羽の存在に触れることなく、音楽の講義へと移っていく。きっと開催地枠(?)として多数参加していた近畿大学付属高の生徒は、「どうしてあの人、羽が生えているの?」とクエスチョンを抱いただろうが、何事もないように二人のやり取りは進行していく。
 ひょっとしたら、観客にしか見えていないという深遠な設定だったのかもしれないと、あとで秦氏にお訊ねしたところ、
「あ。当たり前すぎて、気づかなかったです」
 とのことだった。
 今回のステージは私にとって、人生二度目のKAN氏との出会いであった(秦氏は人生六度目くらい)。一度目は、九月のChage氏の還暦ライブだった。そこにKAN氏とスターダストレビューの根本要氏がゲストとして参加していたのだ。
 人生はじめてのKAN氏は、やはり背中から羽が生えていた。
 ステージの真ん中にChage氏がいる。左に根本要氏がいる。右にKAN氏がいる。一人だけ、羽が生えている。どう見ても、おかしな風景である。会場もざわざわしている。当然、Chage氏は会場の声を代弁し、「何なの、背中のそれ」と質問する。
「いや、何って羽ですけど……」
「おかしいじゃん」
「いや、何もおかしくないですけど……」
「おかしいって!」
 普通はこういう認証の段取りを踏む。
 しかし、秦&KANは段取りを踏まない。仕事相手の背中から羽が生えていても、秦氏は無視である。ひょっとしたら、いちいち指摘するのがめんどくさいわ大先輩、という無意識が働いていたのかもしれないが、この勝手知ったる相手への信頼感、そこから生まれるぶ厚い安心感こそが、今回の企画の圧倒的な質の高さを導く土台となっていたことは疑いない。

 私も作家として、同業者との対談の経験があるのでわかるのだが、二人だけで対談を進行するのは、実はとても難しい。
 あくまで互いに作家、ミュージシャンであって、決してしゃべりのプロではない。自分のことなら上手く話せても、他人の作品までケアしながら、上手に話を膨らませ、さらに決められた進行を筋道どおりにたどっていくのは、小説執筆や作詞、作曲、歌唱とはまったく別の能力を要求される。おそらく、ほとんどの人にはできない。
 雑誌などで対談形式の記事が組まれる場合、ネタばらしをすると、おおよその場合、現場には三人目がいる。すなわち、記事を実際に書くライターが司会となって、放っておいたらどんどん脱線して、記事に書きようがない雑談に墜ちてしまう二人のやり取りを軌道修正し、ときにビシッと締まる質問を投げかける。それが誌面になると、片方が質問を放ち、もう片方が受け止める、そんな二人だけのラリー空間に編集される。ゆえに自分の対談記事を読むと、少し賢くなった気がする。ライターの賢い質問が自分の口を借りて放たれているからだ。
 それだけに改めて実感したのが、KAN氏と秦氏がいかに互いをリスペクトし、互いの楽曲をコードレベルまで理解しているか、といういわばこの企画に挑むにあたっての真摯さであった。
 さらには二人の知性の高さ、頭のやわらかさ。編集のきかないライブの場で、あそこまで精度の高い講義形式のパフォーマンスを一発で成功させてしまうのだから、もう、とんでもない。
 ステージ上の二人のやり取りを聞きながらふと蘇ったのは、以前秦氏と雑誌で対談したときの記憶だ。このときも類に漏れず、誌面では二人だけの対談でも、取材中はやはり三人目のライターがいたわけで、今も強く印象に残っているのは、秦氏の極めて高い、質問に対する咀嚼力である。
 一見、つかみどころがない表情でライターからの質問を聞きながら、秦氏の頭は静かに高速回転している。「そうですね」と前置いて、テンション低めに話し始める秦氏の答えを聞くと、「え? そこまで先回りして、さっきの質問を解釈したの?」と驚かされることがしばしばだった。相手の発言の意図を汲み取る能力が、ずば抜けて高い人だなと思った。
 一方に、往年の貴ノ浪の如き懐の深さで、どんな言葉を投げかけてもそれを咀嚼し、自分の言葉で返してくれる秦氏。
 もう一方に、変幻自在の球種を隠し持ち、常に読めないタイミングでそれをぶつけてくるKAN氏。
 互いがともにピッチャーでもいけない。ともにキャッチャーでもいけない。KAN氏の放つ様々な変化球を受け止め、次の展開を読んでそれを返す秦氏という絶妙のバランス。
 まさしく、キャスティングの勝利と言ってもよい、見事な二人の息の合い方だった。

 ライブパートのラストで、会場が一つになって歌った、KAN氏の楽曲『よければ一緒に』について気がついたことがある。
 仕事中、スピーカーからこの曲が流れているときに、ふとパソコン画面から顔を上げるとする。(今回のレポも、KAN氏のアルバムを聴きながら仕事をしているときに依頼メールが舞いこみ、こんなすごいタイミング行くしかないわ、と即決した)ちょうど、ラストの「ラララ」が何度も続くところで、なぜか前の部分をまったく集中して聴いていないのに、
「これ、次のラララで終わる」
 とわかることがある。
 どうしてだろう、と不思議に思っていたのだが、期せずして今回の講義を聴いて、その謎が解けた気がした。
 KAN氏自ら、スクリーンに譜面を映しだし長々と、失礼、懇切丁寧に解説を与えてくれたところによると、同じメロディの「ラララ」の繰り返しでも、一つ前とは違うコードをまぎれこませることで、かすかな変化をつけているのだという。それを聞いて、「あ」と思った。ひょっとしたら、私自身は何もわかっちゃいないが、耳のほうが何度もこの曲を聴くうちに、コードの微妙な変化を無意識下で把握し、それゆえに、
「次で終わりだぞ」
 とラストの「ラララ」と察することができるのではないか、と仮説を立てたのだが、どうだろう?
 ライブ終了後、KAN氏にはじめましての挨拶をして、家から持参した『野球少年が好きだった』にサインをもらった。中学生のときに買った古いアルバムだが、幾度の断捨離の嵐を生き延び、今もときどき聴く一枚である。二十八年越しのサインをもらい、大感激のついでに、
「この『愛は勝つ』の次に出た、『イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ』が主題歌になったドラマで、KANさん、主人公と寮が同室の人の役で、ちょこっと演技してませんでしたか?」
 と急に思い出したことを口走ったら、
「そのへんの記憶はすべて消去しました」
 と誰もいないのにKAN氏は後ろを向いておられた。ついでに、「クイズ番組にも出ていませんでしたか?」と口走ったら、また後ろを向いておられた。

 今回の企画では、コードの基本から、歌詞の韻の踏み方など、いわゆる作詞作曲の「初級編」の講義が行われた。
 ぜひ、KAN氏と秦氏には「中級編」として第二回を開催していただきたい。たとえば、ピアノ作曲とギター作曲の違いについて。こういう曲調ならピアノが、こういう曲調ならギターのほうが強い、といったプロならではの感覚。さらには声の出し方、歌い方などのテクニックも教えてくれたら、どんどん内容も膨らんでいくのでは?
 そんな夢が広がる、すばらしき大阪の夜だった。

万城目さんのKANさんのサイン入りのアルバム『野球選手が夢だった』のブックレット
万城目さんのKANさんのサイン入りのアルバム『野球選手が夢だった』のブックレット
(c)ホンゴユウジ
(c)ホンゴユウジ

万城目 学(まきめ・まなぶ)●1976(昭和51)年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。化学繊維会社勤務を経て、2006(平成18)年に『鴨川ホルモー』でボイルドエッグズ新人賞を受賞、デビュー。その他小説として『鹿男あをによし』『ホルモー六景』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』『バベル九朔』など、またエッセイに『ザ・万歩計』『ザ・万遊記』『ザ・万字固め』などの著書がある

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